弔辞の文例・友人への弔辞
謹んで、大岡秋彦さんのご霊前に申し上げます。
あなたは三倉商事株式会社に勤務され、営業本部長として、ビジネスの最前線で三倉商事を引っ張ってこられました。また、家庭では冬子夫人との間に三人のお子様に恵まれ、よき夫として、また父親として充実した生活をおくっておられ、はためにもうらやましい、だんらんの風景でした。
大岡さんと私のおつき合いは、偶然にゴルフ場でお会いし、何気ない話題で話したのがきっかけでした。勤務先も専門分野も違う二人でしたが、趣味のゴルフが取り持ってくれたのでしょうか、折に触れてお会いし、家族ぐるみのおつきあいを重ね、十数年にもわたってご厚誼をいただいてきました。数年前に両家族で信州へ行ったときのことを懐かしく思い出します。
仕事のうえでも何かと情報交換をし、教えていただいたり、アドバイスをさせていただいたりで、大岡さんとの出会いは、まことに得がたいものでした。今日、私がビジネス世界の一角でこのように生き残ってこられたのも、私が落ち込んだときに叱咤激励して私を支えてくださった大岡さんがおられたから、と言っても過言ではないでしょう。
その大岡さんが、突然病に倒れられ、ご家族の懸命なご看病と近代医学のすべてを傾けての治療にもかかわらず、残念にも二度とお話することがかなわぬ
とは、私としましては、思いもかけぬ衝撃であり、痛恨きわまりないことです。 思い返せば、あの信州旅行のときは、もうすでに病に侵されていたのですね。それに私は気づかず、いや、むしろそのような素振りさえ見せず、両家族を楽しさで包んでくれたあなたの人柄が偲ばれます。あのときは、もういい思い出をつくろうとされていたのでしょうか。
入院を聞いて驚いて駆けつけた私を、何でもないと、いたわってくれました。何事にも強い精神力で果
敢にぶつかっていった大岡さんは、最後まで生きる意志を貫いたと聞きました。最後まで泣き言を言わず、頑張った大岡さんに、私はねぎらいの言葉をかけたい。
そうか。がんばったんだね。あなたは、あなたらしい人生をまっとうしたんだ、と。
ご長男はすでに実社会へ出られ、ご長女、ご次男も大学在学中で、健やかに成長されましたことは、悲しみのなかにも光明を見る思いがいたします。仕事に全力を尽くす一方で、家庭人として家族を愛し続けた大岡さんならでは、と改めて心から敬服したします。
これから後は、私も微力ながら残されたご家族のお力になりたいと、考えております。「よろしく」とゴルフでベストスコアが出たときに微笑む、あの右手を上げたポーズが目に浮かびます。どうぞご安心いただきたいと思います。
大岡秋彦さん。残念ながらこのように早くにお別れを言わねばなりません。まことにつらいかぎりですが、これも天の定めたことなのでしょうか。
どうか、天国で静かにお休みください。
平成○年○月○日
友人 山本夏夫。 |